不安を越えて、没頭できる「今」に感謝する日々

第60回 東日本伝統工芸展に入選した小箱、「栃木画飾り箱 」(とち もくが かざりばこ)です。

新型コロナウィルスの感染拡大で、多くの方々が不安や困惑ととともに過ごしていらっしゃると思います。
ここ当別の工房では、訪れる人もほぼいらっしゃらない日が続いていて、シンと静まり返った空間で一人作業する日が続いています。

この飾り箱は、昨年の12月から、コロナウィルスの感染がじわじわと広がりを見せ始めていた今年の1月にかけて制作しました。
雪が降りしきるなか、栃(とち)の木と連日格闘を繰り返していました。

工房の中にいると、コロナウィルスはもちろん、ニュースや喧噪といった現実から少し距離があるような気がします。
ただただモノづくりに没頭している時間は、いろいろなことに不安を感じている状態を忘れさせてくれるので、今回ばかりはひたすらに象嵌作業をしていることをありがたく感じました。
何より、こうして向き合うことが自分にあることを、ありがたいことと思わずにはいられませんでした。

こんな状況でも、工芸展が開催されるのは間違いないので、締め切りが当然あります。
締め切りに照準を合わせ、出来る限り前倒しで制作をしていきたいといつも考えているのですが、この伝統工芸展に向けた仕事には、並々ならぬ神経を使わなくてはならず、思っているようには進みません。
どうしても審査員の先生方の顔がちらちらと頭に思い浮かび、国宝級の技術に精通している先生方にチェックされることを考えれば、些細なミスも許されないという追い詰められた状況が続くので、少しも気を緩めることができません。

蓋を開けても美しい箱に。そんな想いで箱の内も外も作り上げています。

「天皇」のためのモノづくり・・・

こんな作品を作っていると、一体誰のために、なんのために自分は作っているんだろう・・・、と思ってしまうことがあります。

よく工房を訪ねていらっしゃるお客様に、「こんなところで自分の好きなモノづくりができるなんて、本当に幸せですね。」とおっしゃっていただくことがあります。
本当に幸せなことだと思っています。
好きなことを生業にできるというのは、誰でもできることではないことだと思います。

でも、ひたすらに気を緩めることができない細かい作業を一日中こなし、その結果、致命的なミスを犯していたことに気がつき(しかも大体の場合夜も更けて疲れ切ったころに)、この数日間の努力が水の泡に帰したことを知った時のその絶望たるや、想像以上のなかなかのものがあります。

「もうヤメようかな・・・」
「バレないかもしれないんだからこのまま作り続けたって、大したことないって・・・」

そんな自分の弱音や悪魔のようなささやきが自分の頭の中にワンワンと鳴り響くことがあります。

恐らく、こういうことは今までもたくさん経験してきました。
そしてこれからも数えきれないくらい経験するんだろうなと思うとこうして書いていても苦笑してしまいます。

こういうことに負けない心のタフさは、こうして極限のモノづくりをすることによって育まれてきたのだと思います。

逆に言えば、このタフさがなければ伝統工芸展に出展することはできないかもしれません。

それほど、この伝統工芸展には、何か鋭いエッジのきいたナイフのように、キリっとした緊張感に包まれているものがあるのです。

今私自身は「自分のため」にこの工芸展に向けたモノづくりをしていると思っています。

けれど、本来この伝統工芸展に出品する作品たちは、究極に言うと「天皇」にお納めするかもしれない作品なのです。
実際、毎回の作品展に出展された作品の中から、入賞した作品を中心にいくつかを宮内庁がお買い上げしています。

皇居のどこか、皇族のどなたかのお住まいか、来賓者をお迎えする施設なのか、その行き先はわかりません。

しかしながら、国内最高峰のモノづくりをした「結果」である作品しか選ばれないことは間違いありません。
そう考えると、伝統工芸展の作品作りは、「天皇」のために作っていることになり、そう考えると生半可なものが選ばれなくて当然という思いもわかります。

自分の作ったものと、宮内庁や天皇といったものを結び付けるには、やはり私にはまだまだ技術も心も未熟かもしれないな、と思います。
何度でも作り直す心のタフさと、日々習熟していく木工の技術には、限りが無いように思うからです。

精度の良さは、この蓋がゆっくりと仕舞う様子からもお分かりになるかと思います。
自画自賛ですが、会心の出来となりました。

それでも、やっぱり作ることが好き、挑戦することが好き

でも、苦しんだり、夜を徹してやり直しに挑み、疲れ切って動けないようなときがあっても、それでもやはり私は今の自分をさらに超えたいという思いがあることを、工房で一人で木に向かっていると感じずにはいられません。

「好きだから苦しいのだ」ということをこの歳になってよく理解できるようになったように思います。
そして結局は、苦しいことの果てに自分にとっての満足のいく幸せがあることを知っているからこそ、また挑戦し続けることができるんだなと思います。

入選、そして展示会の不開催に思う事

ありがたいことに、今回は私の「がんばり」が認められ、第60回東日本伝統工芸展に入選が決まったのは新型コロナウィルスの感染拡大のピークの最中の出来事でした。

嬉しい!!よかった! それが素直な感想です。
自分の苦労はようやく報われた、そんな解放感にも似た感情でした。
でも、審査員の方以外には誰にも見てもらえない、それがこのコロナ禍でに現実でした。

それは本当に残念なことです。
やっぱりいろいろな人に作品を見てもらいたい、反応を知りたい、そういう気持ちはありました。
宮内庁の方だって見てくれたのかもしれないんですから。

でも、このコロナのことは世界規模でのことです。歴史的な大事件なのです。
仕方がありません。
だから、きっぱりと頭を切り替えて、次の作品作りにもう取り掛かっています。

まだまだ未定ではありますが、次の挑戦は日本伝統工芸展での2度目の入選です。
険しい道ですが、挑戦すること、没頭することがある事への幸せに感謝し、そして自分ができること、「感動してもらえる作品を作って行く」ことが私のコロナウィルスとの戦いかなと思います。

これを読んでくださっているすべての方々が、これからもお元気にお過ごしになることを心からお祈りしております。

投稿者プロフィール

Akio Shimada
Akio Shimada
1971年生まれ。北海道苫小牧市出身。日本各地で木工修行の後、スウェーデンで北欧の木工技術を学び、2007年日本人として初めて「スウェーデン家具マイスター」の称号を得ました。高い技術を誇る木象嵌と家具の製作をしています。

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