ヴィオラとチェロ、初めての楽器の象嵌。

それは、初めての象嵌制作でした。
ヴィオラとチェロ。
楽器を中心にした大きな象嵌は、ご両親から新郎新婦へのご結婚のお祝いでした。

ご連絡を下さったのは、埼玉県にお住いのS様ご夫妻です。
ご夫妻はこれまでもご自宅に飾られるように愛犬の象嵌、そして軽井沢の別荘に「蓮」の象嵌を飾って頂いています。ご家族皆様にもとても気に入って頂いているご様子をしばしばお伺いしていて、とても嬉しく思っていました。

今回のご注文はご結婚される娘様に、サプライズで木象嵌をお贈りしたいというものでした。
ヴィオラの演奏家である娘さんは、やはりチェロをお弾きになる新郎とのご結婚を控えられており、ぜひ二人の楽器をメインにした木象嵌にしたいというお話でした。

これまで「愛犬象嵌」、車の象嵌、とリアルなものを象嵌にしてきたことは多く経験してきました。
しかしながら「楽器」は初めてのことで、自分でもちょっと大丈夫かな、と不安もありました。
まず、私は楽器の演奏など中学生の時にアルトリコーダーを吹く、友達とふざけてキーボードを叩く、という記憶以外にほとんど演奏したことがなく、楽器についての知識がまったくありません。

何より、音楽家の方、楽器を大切にしている方達の象嵌です。愛器には格別の愛情があり、想いがあり、こだわりがあるのではないでしょうか。

まずはお持ちになっている楽器のお写真をお送りいただきました。
永く愛用頂いているご様子が、写真からも伝わってきました。

ヴィオラ
チェロ

デザインを考える、楽しい時間

楽器だけを象嵌するのではなく、「絵」としてのデザインにするためにお二人のお好きなものを一緒に象嵌することを考えました。
それで、お好きな植物、花、またお好きな楽曲なども教えて頂き、それを一枚の絵に落とし込んでいけないか考えて行きます。

植物や花は「花言葉」も調べてみます。
大切な一枚です。ネガティブな言葉のある植物や花もたくさんあります。
そういったことも踏まえて、お二人のお好みである「アイビー」「カランコエ」をモチーフに使うことにさせて頂きました。
アイビーは私も好きなグリーンでしたし、カランコエもその可憐な花が、見ているうちにどんどん好きになる花でした。
一気にデザインが頭に浮かぶようになり、下絵のアイデアが出来上がってきました。

ラフスケッチ

毎度のことではあるのですが、頭に浮かんだアイデアを絵に落とし込んでいくのはなかなか大変な作業です。
もやもやとしたイメージはあいまいな絵にしかなりません。

でも、描いていくこと、手を動かすことで、もやもやとしていたものがはっきりとした輪郭を持つようになり、最初は「いいな!」と思っていたアイデアがあまり良くないものだとわかったり、逆に「どうかな?」と思っていたものがとても良い絵になることがわかったり、新しい発見がいくつもあることが大変さに打ち勝つ楽しみになっています。

最終的にこんな下絵にすることになりました。
上部のアイビーは、さりげなくハートの形になるようにしてみました。
ご結婚の思い出になることを、二人のお気持ちがいつまでも変わらないものであるように、そんなご両親の想いを私なりに絵にしてみたのです。

下絵デザイン

S様にそのことをお伝えすると、とても喜んでくださいました。
サプライズの贈り物ですから、新郎新婦のお二人にはお手元に届いてからお伝えすることになるかもしれません。
でも、きっと絵に込められたご両親の想いをお二人は感じ取って下さることだろうと思いました。

テスト、テスト、テスト。まずは手を動かしてみること。

象嵌を始めました。
まずはテストから始めます。
と言うのも、ただ一色で象嵌するとただただ平面的なのっぺりとしたものになってしまいます。
立体感を出すためには、光が当たっている楽器の陰影がとても大切です。
いくつかテストして、テストして、テストして・・・。

テスト1
テスト2


思っていた以上にうまく表現できず、テストの数はいくつになったことやら。
写真にあるものよりもはるかに多い組み合わせを試しました。
できたものを写真に撮り、実際に目で見たもの、写真で見るもの、その違いも検討する題材にしました。

アイビーもいくつか案を練り、テストを作り、さらに一番の難所と思われる「弦」のテストも加え、いよいよ本番の制作に入りました。
テストを繰り返しているので、本番の制作は迷いなく進めて行けます。

チェロに弦が入った!

ピンチ到来!何かが違う?!

8割ほどが出来た時でした。

何か違います。
象嵌している時は「テストもしているのだし、間違いない!」と思ってひたすら作業に没頭していたのですが、出来上がったものを一度壁にかけて確認すると、何かが違う印象なのです。
頭で思い描いていたものと、違うのです。

こういう事もたまにあります。
サイズが大きいと作業が終わるまでは作業台に置いた状態で確認しなければなりません。
でも、実際に立てて見るのと置いた状態とでは、もちろん見え方も違ってきます。
これまでの経験もあり、置いた状態でも立てたところをイメージしながら作れるようにはなっていると思います。
確率で行けばかなりの高確率になっているとは自負しています。
でも、やはり完璧ではありません。

違和感を感じた時には、前に進まず時間をかけて検証します。
それはものづくりをする人間には絶対に必要なステップです。

「アイビー」だとわかりました。
想像していたアイビーの印象と、恐らく色が違って出ているのだと気が付きました。
葉はすべてを象嵌した後ではありますが、S様に納期の遅れをお詫びして、すべて入れ替えることをご了承いただきました。
「すべてお任せします。時間の遅れは気にしないでください。」S様にそうおっしゃって頂き、心から感謝しました。違和感を感じたままでは作品は世に出すことはしたくないからです。

材を替え、すべてのアイビーの葉を入れ替えました。
一度象嵌したものの入れ替えは、新らしく作ることよりもシビアな作業が求められます。
嵌められる方の形が決まっているからです。
より正確な切り抜きの技術を求められるため、時間はかかりますが、自分の腕を信じてやるしかありません。

心がホッとする瞬間。

数日の作業をして、出来たものがこちらです。

自分では最大限に納得の形になりました。
S様のご承諾を頂き、仕上げとフレームづくりに入ります。
フレームも大切な作品の一部です。
最近、フレームまでご自分で作っているとは知らなかった、と言われて、私のようにすべての作業を一人でこなしている作家さんは案外少ないのかもしれない、と思います。

でも、作品はトータルで完成されたものであるべきです。
手の動く限り、私はすべてにこだわっていきたいな、と思います。
そうすると、年間の制作できる作品数は限られていきますが、それも私のスタイルだと仕方が無いのかもしれません。
私の作品を愛して下さる方がいらっしゃる限り、一つ一つ大切に制作した作品だけを世に送りたい。
そんな超の付くほどのアナログな作品かもしれませんが、リピートして下さる方が多いのはそんな私の想いに共感していただける方が多いからかもしれません。
そして、それは私のモノづくりに対する想いへの大きな励みになっています。

長い旅の終わり。作品が生まれた喜びをかみしめる至福の時。


完成です。


お届けの後、新婦である娘様から直接お電話でお話をお聞きすることが出来ました。
「とても素晴らしいものを、ありがとうございました!!
この象嵌のヴィオラは間違いなく、世界に一つだけの「私」のヴィオラです。見た瞬間にわかりました!!
楽器を愛する者にとって、こんなに嬉しいことはありません。
夫も「自分のチェロ」にとても喜んでいました。
両親からの贈り物を、夫婦で大切にしていきます!」

音楽家の方に「自分の楽器だ!」と喜んで頂けた事は、とても嬉しく励みになりました。
テスト、テスト、テスト。
経験値に頼ることなく、納得のいく仕事をこれからも続けて行きたいと思います。

S様に心からの感謝の気持ちとお祝いの想いを改めてお伝えいしたいと思います。
ありがとうございます。


投稿者プロフィール

Akio Shimada
Akio Shimada
1971年生まれ。北海道苫小牧市出身。日本各地で木工修行の後、スウェーデンで北欧の木工技術を学び、2007年日本人として初めて「スウェーデン家具マイスター」の称号を得ました。高い技術を誇る木象嵌と家具の製作をしています。

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