打ち合わせも半年を過ぎ、いよいよ最終段階となった、H様のワインセラーとコレクションのための象嵌家具。
前回から少し間があいたのは、私の象嵌の試作に時間がかかっていたからです。
クラフト紙を使っての、原寸大の下絵づくりを終え、H様から「これで。」と言うお返事は前回頂きました。
前回までの下絵はこちらです。
けれど、いきなり本番に行っては、やり直しがきかない木象嵌のこと。
ある程度、色の組み合わせや雰囲気もあらかじめつかんでおかなければ、これだけの分量の象嵌ですから、出来上がってみたら思っていたものとは違う、ということは避けたいことでした。
これは、私自身ももちろんですが、ご注文下さったH様にも申し訳のないことです。
頭の中では配色は自然自然にできていましたが、いくつか「やってみないとわからない。」という部分もありました。
なにせ、今回の象嵌は面積が広いのです。
そして、初めての「愛犬の木象嵌」にも挑戦します。
できてから、「もっとこうしたら良かったかな…」と思いたくはありません。
ですので、お時間を頂いて、木象嵌のサンプルを作ることにしました。
使う材料も、今回はさらに材料屋さんを回って集めていました。
担当者の方にも相談して、いい色合いのものを探し出して来ました。
この材料屋さんも、何時間でもいられる大好きな場所です。
木工をやっている人には、まさにヘブンな場所です。この広さにびっくりの在庫の量・・・。
担当者の方も本当に良い方ばかりです。
私の製作活動には、たくさんの方々の協力と温かいご支援があることに、本当に感謝したい気持ちでいっぱいです。
早速工房に買ってきた材料を広げて並べます。
組み合わせも大体出来てきました。
いざ、象嵌の作業を開始です。
まず、サンプルようの図柄を、基盤となるチェリーの突板に写し書きします。
カーボン紙を用いて慎重に書いて行きます。
(下絵の段階では、出来上がりの左右を逆にして書いておき、それをこのように本来の絵となるよう写し取って書きます。)
それぞれできました。
犬を2パターン、ブドウ柄を一枚、の計3枚の試作をします。
ブドウは、赤、深い紫、白の3色の種類のものを作りたいので、それぞれの部分でこの色を混ぜてみます。
一度目の試作では、満足ならず。何だか雰囲気が暗く、重々しい印象でした。
ケヤキを使った「葉」を加え、葉脈の組み合わせも変えてみます。
ブドウの色も少し配色を変えてみました。
上の写真が一度目の試作、下の写真が配色を変えて作り直したもの。
こうしてみると、下の方が色味が明るく、全体の印象も爽やかな感じです。
好みはありますが、私は下の方の組み合わせが好きです。
ただ、念のため、上の組み合わせのものも、写真を撮って資料にして取っておき、H様に見てもらうようにしました。
比較するものがあると、イメージはもっと膨らみやすいはずです。
実際に塗装まで終わったものはこんな感じです。
さて、問題の犬たちの象嵌です。
何せ、初挑戦ですから、いろいろ考えてしまいがちでしたが、とりあえず思っていた方法で配色していきます。
犬の象嵌は、写真が元になっているという点で、車の象嵌に通じるものがありました。
車の象嵌には少し自信がある私です。
写真に出てくる、わずかな光のグラデーションを、木で表現していくのは、面白く難しい作業の連続です。
でも、今まで出来た車の作品は、みんな素敵になりました。
なので、犬もこの方法でいけるはず、と思っていたのに・・・。
グラデーションを、色の違う木で表現してみると、なんと、人造人間ならぬ、人造犬のようになってしまいました。
「怖っ」
自分でもそう叫んでしまうこの組み合わせ。
頭を入れ替え、写真のグラデーションに振り回されずに、木目を使って犬の毛並みや微妙な色の差を出すことにしました。
リアルな質感よりも、その犬が本来持っている雰囲気や、愛嬌のある表情が出るようにしてみたのです。
そしてできたのがこちらの2枚です。
目のあたりも工夫して、生き生きとした表情になりました。
ホッとしました。
自分で言うのもなんですが、「犬らしさ」が出て、可愛いと思いました。
実際にH様にご覧いただいた時、H様、奥様、娘様、3人の「おぉー!」という歓声を聞いた時には、とても嬉しかったです。
「爪までちゃんとあるよ。」「この胸の毛は、もう少しふわっとしていたかな?」
いろいろなご感想を頂き、写真にはなかった「毛のボリューム」を少し出すことにして、犬の象嵌はこれでOKでした。
胸をなでおろします。
そして、ブドウの象嵌は、全体的に了承を頂き、葉と葉脈の組み合わせや、ブドウの色の配色などはこちらに一任されました。
ただ、象嵌全体のボリュームを少し減らすことにし、本番に入る前にもう一度「下絵」を見直して、書き直したものをお持ちすることになりました。
納得してもらえる作品を作るため、こうした打ち合わせを重ねることはとても大切だと思います。
実は前回の打ち合わせで、H様のご希望のガラスの棚板が、デザイン上棚に負荷がかかるため、可動式のものは難しいということを説明し、ここをどうするかについて、今度はこちらからH様に考えて頂くようにお願いをしていました。
お互いに「試作する」「考える」という宿題を持って、今回の打ち合わせに臨んでいたのです。
こちらの「作りやすい」「やりやすい」方法はありますが、お客様に納得してもらえるよう、お客様自身にも考えて頂く時間を持ってもらうことで、結果として、木象嵌作品、象嵌家具は、より良いものになっていくと考えています。
今回も、こちらが「これで!」と言えば、それで終わってしまう打ち合わせかもしれませんが、まずは考えて頂く。
そうすることで、「一緒に作り上げた」という想いを持って頂ければ、その象嵌の作品、家具はさらに愛着を持って頂けるのではないか、と思っています。
もちろん、考えて頂いた上で、「お任せします。」というお答えを頂き一任されたときには、最善の方法を私の方で一生懸命に考えさせていただきます。
その繰り返しで、本当に満足して頂けるものをお届けしたいと思っているからです。
H様の象嵌家具は、本番まで最後の1ステップを残すのみとなりました。
「急ぎません。いいものを作って欲しいんです。」
H様にそうおっしゃっていただき、帰路につきました。
「がんばるぞ!!」そんな思いで、最終の下絵づくりに向かい合っています。
投稿者プロフィール
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1971年生まれ。北海道苫小牧市出身。日本各地で木工修行の後、スウェーデンで北欧の木工技術を学び、2007年日本人として初めて「スウェーデン家具マイスター」の称号を得ました。高い技術を誇る木象嵌と家具の製作をしています。
お問い合わせ→こちら
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