昨年の暮れ、千葉県にお住まいのAさんより木象嵌へのお問合せを頂きました。

昨年の夏に北海道をご旅行された際、偶然「蓮」の象嵌をご覧になり、サイズの変更をしてご注文されたいとのことでした。

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A様がご覧になった蓮の象嵌

よくよくご事情をお伺いすると、ご旅行はお母様の喜寿を記念して、お母様、お姉様、そしてA様の3人の〝女子旅” だったそうです。

ご結婚されてそれぞれ別のご家庭をもっていらっしゃる娘さんたちと、女同士気兼ねのない北海道旅行。

お母様は旭川のご出身ということでしたから、懐かしい場所で娘たちと語らう素敵な時間ではなかったのでしょうか。

心に残る楽しい旅行の思い出、そしてお母様の喜寿のお祝い、その二つを兼ねて、3人でご覧になった「蓮」をお母様に記念として贈りたいという考えが頭をよぎったものの、もともとご覧いただいた写真の「蓮」はかなり大きなサイズだったこともあり、どうしようかと迷っていらっしゃるうちに秋が過ぎ、それでもやはり心に引っかかって連絡しましたとのことでした。

私たちにとっては本当に嬉しいお問合せでした。

家族の想いを「木象嵌」という作品で紡ぐという素敵なストーリーに、A様のご家族皆様の幸せなお気持ちを感じ、そしてそんな大切な節目のお祝いに、木象嵌「蓮」を選んでいただけたことが、本当に嬉しく思ったのです。

「≪縁≫を感じました。」

そう綴られたメールに、ジンと来るものがあり、感謝の気持ちが溢れました。

ご旅行には参加されなかったお父様も、娘さんたちの言葉に快く賛同され、お父様ご自身も蓮の花に特別な思いがあったことが、さらに今回の「蓮」の製作の後押しとなりました。

見たこともない木象嵌という工芸品を、この時お父様はどのような印象でお受け取りになったのか、作り手の側としては気になりました。とにかくいいものを納める、その一点に集中したいと思いました。

とにもかくにも、メールを主として具体的な打ち合わせが始まりました。

サイズを決定し、それにあわせて下絵をデザインしていきます。大まかに書いて、バランスを見ては詳細に書き直す。

それを何度も繰り返します。工房で見ているといい感じに思えても、家に持ち帰って場所を変えて見てみると、微妙なバランスが気になったりします。

翌日はまた書き直し。そんなことを4回も5回も繰り返し、ようやく下絵が完成しました。
(トレーシングペーパーに書いているため、下のベニヤ板が透けて見えています)

A様 下絵 

でも、まだ自信がありません。もっと良くなるかもしれません。そう思ううちは工房の作業机の横にこの下絵を貼って、朝に、夕にと眺めていました。

別の作品作りの時もそうですが、大体一週間はそんな時間を持つようにしています。そして納得できるまで変更を加えることもありますし、書き直すこともあるのです。

今回はこの下絵のまま、「よし!」と思えました。見ているうちに象嵌を施した図がはっきり頭に浮かんだのです。

そしてこの下絵の写真を撮ってAさんに送り、了解を得てから製作の作業に入ります。

象嵌 作業 島田晶夫

カッターを手に、ひたすら切り抜き嵌めていく作業。これを毎日2週間、びっちりと続けました。
下絵を見えるところに貼っておき、常に色のバランスもチェックします。

こうなると、目の疲れ、指の痛み、肩こりなどなどとも戦い続けることになります。工房に欲しいもの、それはマッサージチェアだったりしますね(笑)。

さて、ようやく嵌め込み作業を終えていよいよ次の段階に進みます。ここからは仕上げに向けて一気に作業していきます。

下の写真は象嵌の作業が終わり、プレス機にかける直前のものです。しっかりと基盤になるベニヤの板に圧着するよう、機械で重しをかけて一晩置きます。
塗装していないので、ぼんやりとした印象ですが、これから塗装をしていくことで「木」の本来持つ色が鮮やかに出てくるはずです。思ったような色合いになることを祈りながらのプレス作業です。

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翌日プレス機から出した象嵌を、今度はオイルで塗装します。

一度、二度、と仕上がり具合を確かめながら、乾いては塗りを繰り返します。

いい仕上がりになりました。ほっと胸をなで下ろします。

今回はUV加工入りのガラスが入ったフレームに入れます。日の光から守るのはもちろん、長い時間色の変化を気にせずに飾れるのが、このガラスの特徴です。

長い間、色の経時変化を遅らせる方法を考えていましたが、今年に入ってこのUVガラスを本格的に導入しました。美術館や博物館でも使われているものと同レベルのUV性能を持っています。
フレームの重量が重くなるのが欠点ですが、事前の打ち合わせで、掛ける壁の耐久性も把握したうえで提案したものです。

さて、フレームに入って完成したところです。
ガラスが反射してしまうので、ガラスを入れない状態で撮影したものです。

壁に掛けてやると、生き生きして見えます。白い花だけでというご注文でしたが、白のニュアンスをそれぞれに変えた花びらが、作り手である私自身も嬉しくなるくらい綺麗に見えます。

千葉 蓮 工房撮影

北海道の当別から、遠く千葉のA様のご両親の元へ。
発送は家具を専門に運ぶ会社にお願いし、しっかりとした木の箱に入れて送ります。

届くまではドキドキ。箱を開けた瞬間のA様のご家族皆様がどんな顔をされるか、荷物が出てからはそればかり気にしていました。

途中トラックが修理が必要となり、お届けは夜遅くになってしまいました。でも、A様のお父様から「今着きましたよ!」と弾んだ声で電話があり、無事に到着したことを知った私たちも本当にほっとしました。

翌朝、A様のお父様、そしてA様ご自身からもご満足された様子をお聞きし、晴れ晴れとした気持ちになりました。

「父が、たくさんの人に見てもらえるように、飾る場所を変えると言い出したんですよ!」

A様からのお電話に、本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

A様のお母様の喜寿というお祝いに贈って頂いた「蓮」は、ご両親、ご家族皆様をはじめ、ご覧になる多くの方に愛されることに
なりそうです。本当にありがたい気持ちでいっぱいです。

こちらのA様の作品については、後日「お客様の声」でも詳しくご紹介したいと思っています。
A様のご感想を皆様にお知らせできればと思います。

投稿者プロフィール

Akio Shimada
Akio Shimada
1971年生まれ。北海道苫小牧市出身。日本各地で木工修行の後、スウェーデンで北欧の木工技術を学び、2007年日本人として初めて「スウェーデン家具マイスター」の称号を得ました。高い技術を誇る木象嵌と家具の製作をしています。

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